「あなた今、妊娠してますか?」
「人工授精とかしてますか?」
「体外受精って、入院するんですよね?
入院の予定は?」
これは、妊娠する前の私に、当時の50代前半の男性上司が言った言葉です。
私は、地方の金融機関にパートとして勤務していました。一年ごとの更新ですが、事実上、期限無く勤めることが出来ます。だいたいが、結婚退職、または妊娠・出産退職した女性が短時間勤務のパート社員として復帰することが多い職場です。私はその上司との、このやりとりの面談時で、5年目の更新を迎える時期でした。
職務の都合上、家庭状況も重視されているため、年に一度、家庭訪問があります。
その上司は、うちにも家庭訪問に来ました。その際、夫も私の母も義両親も、家族一同が揃っているところで「今は、妊娠してませんよね?」「妊娠したら、辞めてもらわなくちゃならないです。」と明言しました。私は、その発言の意図が分からず、少し笑って「妊娠したら辞めなきゃならないんだって」と言いながら、その場をやり過ごすしかありませんでした。
私の母と義両親は、男性上司がいるその場では何も言いませんでしたが、上司が帰った後、「妊娠したから辞めろって、今どき・・・でも、パートだし、金融機関だし、仕方ないのかねぇ・・・」という反応でした。
その後も、その男性上司は「次の契約更新のことがありますので。」と言いながら、2カ月に1度ほどの割合で、子供を持つ予定はあるのか、現在は妊娠しているかしていないか、人工授精や体外受精をしているのか、などを聞いてきました。その上司は、在任が7か月間という短い期間でしたが、都合3回ほど、そのような面談を行いました。
私は、どうしたらいいのか分からず、しかし、まったく個人的なことに言及されたショックでいっぱいでした。誰かに相談しようにも、ショックが大きくて話が出来ませんでしたし、誰かに迷惑をかけたくもなかったので、ひとりで我慢しました。
ほどなくして私は妊娠しました。その上司も異動になるのと同じタイミングでしたので、その上司には報告をせず、その次席の役席者には、妊娠3ヵ月に入り、母子手帳をもらってから報告しました。その次席はたいへんに喜んでくれました。
やがて、期が変わり、新しい上司が赴任してきました。次席から報告があったのでしょう、面談の際、新しい上司は「(妊娠初期でもあり)今は体が大変でしょうから、少し落ち着いたら考えを聞かせてくださいね。」と言われただけでした。でも私は、前の上司から、妊娠・出産したら退職するよう何度も言われていたし、その職場でのパート社員は必ず退職する慣習があるため、新しい上司に迷惑をかけたくないと思い、退職する前提で話をしました。
もらった母子手帳を読んでみると、「妊娠、出産、育休取得についての不利益取り扱い禁止」と明記されていました。 私は、妊娠前からしつこく退職勧奨されることにはやはり納得できない部分があったので、近くの労働局へ電話して聞いてみました。
予想通り、有期雇用といえど、実質的無期限雇用であり、私が今まで前の上司からされてきた「面談」は、不利益取り扱いにあたるとのことでした。電話での問い合わせだったため、もしよければ正式な相談も受け付けると言ってくださいましたが、もう既に退職の旨を伝えた後だったのと、つわりがひどく、体調が変わりやすかったために、実際に相談するには至りませんでした。電話口で話を聴いてくださった女性担当者は、とても残念そうでした。
同じような立場のパートの先輩たちに聞いても「パートは辞めなくちゃならないし…辞めないで働いている人なんていないよ?」と諭されるだけでした。過去、人事部に所属していた女性でさえ、「え?パートさんは辞めなくちゃならないでしょ?当たり前じゃない。産休育休なんて無いでしょ。」という程度の認識で、がっかりしたことがありました。
たとえ正社員であっても、産休・育休については、直属の上司のさじ加減や職場の状況の都合で、自主退職に追い込まれている人がいるのも事実です。申請以前の問題です。企業が「女性が活躍する職場」という看板を掲げていても、企業自体の経営姿勢の問題であり、現場の管理職の認識不足と感じることも多いです。
私がいた職場は、働いている人数が多く、各職場の管理職に人事権があるようなところもあり、労働についての認識・知識不足の管理職に当たってしまうとひどいことになります。
「いいかお前、男女平等ってこういうことなんだぞ。」と言いながら、妊娠中の女性に重いものを持たせる作業をさせたり、「休まれると困る」と繰り返し言われ、体調を考慮せず出勤を促すなどして、妊娠中期に流産した人もいると聞きました。また、切迫早産が進行しているのに、自ら出勤をしているような女性管理職もいました。
私が住んでいる地方では、地域性や家庭環境などもあり、「結婚・妊娠・出産」で本人の意に反して不当に退職させられたとしても、大きな問題にするのをはばかられる風潮があります。また、三世代同居が多いため「あそこの家は、まだ親御さんも現役で働いているし、ご主人もちゃんとした勤めがあるから、家族のうちで誰かひとり辞めさせても、今すぐ生活には困らないだろう」という自分以外の「他人の意識」があることは、否めません。しかし、そのような利己的な考えで、個人の生活や人生に影響を与えることは、あってはならないと思います。
つわりで体調が悪く、これからどうなるんだろうかと不安を抱えていたときに、いろいろなアドバイスをくれて応援してくれたのは、意外なことに同僚の若いパパさんたちでした。彼らの奥さんたちの、妊娠や出産のときのエピソードなどを話して聞かせてくれたりして、とても参考になりました。今でも温かく心に残っています。
また、私が妊娠・出産のため退職を強要された「マタニティ・ハラスメント」の事実を知っていちばん驚いていたのは、勤続2~5年目の未婚の女性同僚たちでした。「え?辞めなきゃならないんですか?パートさんだからって理由だけでだけすか?え?今どき?そんなことってあるんですか?」と、口々に言っていました。
私が勤めていた会社は現在、「プラチナくるみん企業」に認定されています。表向きは「女性が活躍できる職場」です。しかし実際には、私が受けたマタニティ・ハラスメントは、つい3年前の出来事であり、その当時は「くるみん企業」でした。
「妊娠したら、辞めて下さいね」と言った元上司は、現在は定年退職し、地元の女性社長の会社に再雇用され、取締役で人事総務の仕事も行っているようです。昨今のいろいろなニュースから、過去自分が行った言動が、ひどい人権侵害であり、マタニティ・ハラスメントであったことを知ったでしょうか。私には知る由がありません。